06年12月 いつきNET通信
上田さんちは大騒ぎ part21
上田さんちは10.31、11.25~27と東京にいた。麻里子は通帳の残高をみて頭をかかえた。
孝の収入1か月分以上が東京に消えた。年末を迎え、どうやって年を越すんだあ~と麻里子はわめく。正月はもちとラーメンで、寝正月だ~と意気込む。
いやいやそれどころではない、麻里子には12月の請求業務が元旦早々待っていた。ふ~。
心ない人が「僕はそんな働き方をしないようにしよっと」と言った。(先月号にも書いたがかなり根に持っている…)今行動をおこさなかったら、負担が増えようが、支援が減らされようが、何もいえないような気がした。だから今出来ることをしようと思う。
安部首相に抗議のFAXをいれよう。署名もがんばろう。東京は何度もいけないけれど、名古屋の集会は出て行こう。きちんとものが言えるように勉強もしよう。誰のためでもない、あたりまえに暮らすことが大切なことだと思うから、上田さんちは二人三脚でやっていこうと思う。
上田さんちは厚労省懇談に参加した。先回の担当者とまた人が変わっている。若い担当者は、制度の紙面上での知識で、回答をしてくる。そこには実態もなく、参加者の声も雑音にしか聞こえていないようである。
代議員会館で、議員室を訪ねた。こちらの訴えに対し、事務局がドア前で、決まり文句のようにご苦労様ですという。何度も経験している議員さんめぐりであるが、奥にいるであろう議員さんが出てきた事はめったにない。今回、共産党の議員さんに奥へどうぞと勧められて、えっ入っていいの?と驚いたくらいである。この議員さんはこちらの話を聞きながらメモをとっている。
名古屋市M区の担当者は、制度をよく熟知されている。しかし、障害者の実態と声は、制度にのっていないため、担当者の判断材料にはならないようである。
名古屋市の担当者は、苦情や願いに慣れているようである。慣れすぎて、それをかわす手だては熟知しているが、その声や問題を拾い集めて整理することは苦手のようである。
と、麻里子は今日も老眼鏡をとおして人間ウオッチングをする。
メンバーさんのページ 07年を明るい年にしよう
■来年4月からの支給申請が始まります。
現在利用しているホームヘルプサービス、移動支援は、支給期間が来年の3月31日までになっています。4月以降も継続的に利用していくためには、あらためて新しい支給申請が必要です。
4月以降は新しい支給基準(支給単位数が決まっている)に基づいて決定をされます。
移動支援の余暇活動(その他の外出)は36時間以内とされます。ホームヘルプサービスは、障害程度区分と介護者の状況、他の福祉サービスの利用状況をふまえて支給決定がされます。
例えば区分4で重度訪問介護の場合、25430単位で、重度訪問は1時間230単位なので、25430÷230=111時間が基準です。1日あたりにすると4時間が基準となります。同じ区分4で居宅介護の場合、身体(1時間400単位)と家事(1時間150単位)の組合せで、11360単位とされます。例えば、身体25時間+家事10時間、身体10時間+家事49.5時間といった組み合わせになります。これに介護者の状況や他のサービスの利用状況をみて調整がされます。
「え~、減ってしまうの、困る」と思われた方、みえるかと思います。実情にあった支援を受けられるよう、見通しをもった計画表を作成し、支援の必要性をきちんと整理して説明できるようにし、申請にのぞまなければいけないかと思います。
申請だけの問題ではなく、この制度自体に問題があることを理解し、国や県・市に訴えかけていかなければ、根本的には解決をせず、私たちの暮らしは自己責任、家族責任の方向へ進んでしまいます。10.31大フォーラムの15000人の声は、この制度を作り出した自民党さえ負担軽減策を審議せざるをえない世論に持ち込みました。しかし、「応益負担」そのものをなくさないと、本当の解決にはなりません。
10月より、記録票の様式や実務内容が大幅に変わり、皆様には大変ご迷惑をお掛けしております。
ヘルパーさんのページ 寒くなってきました。
ヘルパー研修会のお知らせ
日時:1月19日19:00~21:00 センター2階研修室にて
1月15日10:00~12:00 センター2階研修室にて
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10.31大フォーラムの15000人の声は、この制度を作り出した自民党さえ負担軽減策を審議せざるをえない世論に持ち込みました。しかし、「応益負担」そのものをなくさないと、本当の解決にはなりません。とともに、障害者の暮らしを支える事業報酬単価の見直しも訴えていかなければいけません。
支援する側に今何が起こっているか。第1に給料の引き下げ、施設職員は、生活できないと退職希望するものも多い。正規職員を補充しないで、パートやバイトで現場をまわしていく。発達や障害を理解した継続的な支援はそこには存在しにくいと思われます。
私たちが担っている福祉という職種は、障害者自立支援法に基づいて行われる公共性の高い事業であり、精神的な支えと専門的な技術を提供するという大切な役割をもっています。
ですから、私たち介護の仕事につく者は、自己の職業に寄せられている社会からの信頼や期待に応えるための意識が求められると思います。それをきちんと評価、保障された事業報酬単価であるように、働きかけていく必要があります。
父と養護学校の娘2人心中(滋賀・甲良) … 中日新聞12/6 …
滋賀県甲良町池寺の西明寺近くの駐車場で4日夜、止めてあった乗用車から3人の遺体が見つかった。父親(43)と、いずれも養護学校に通う長女(14)と二女(10)。
死因は練炭による一酸化炭素中毒で、無理心中とみられる。母親は3年前に他界し、父親は在宅支援サービスを利用しながら、1人でまな娘を懸命に育てていた。その生活を一転させたのは、4月に施行された障害者自立支援法。過重な負担が父の背中にのしかかった。
「生活が苦しい」「娘の将来が不安」。車内に残された遺書には、絶望の言葉が並んでいた。自宅からは、消費者金融の督促状が見つかった。
娘2人は、2003年4月から養護学校に通学していた。同11月、母親が病死。それまでは自宅から通っていたが、平日は養護学校の寄宿舎で過ごすことになった。
在宅支援は娘たちが自宅に戻る金曜日の夕方、父が会社から戻るまでの約2時間利用。ヘルパーが食事の世話をした。娘の夏休みなどの際は近隣の児童福祉施設に短期入所させていた。
4月に施行された障害者自立支援法が、じわりと父親を追い込む。
ヘルパー利用は、本人負担がこれまでの月1000円程度から約6000円に増加。今年8月に受けた短期入所費も、1000円程度だったのが2万円に膨れあがった。「出費が痛い」。役場の職員にこぼしていた。
父親は5年前から勤めている製造業の工場で、平日の朝9時から午後5時まで働いていた。給料は月に20数万円ほど。まじめで無口。同僚に家族のことを話すことはなかったという。
新築の家。周囲には一見、金銭的に不自由のない生活に見えた。しかし、心中する前、会社に数十万円を借りようとして断られ、長崎に住む兄にも金の相談をしていた。
娘の今後も悩みの種だった。寄宿舎が2年後に廃止されることになり、2人を自宅から通わせるか、障害が重い二女を寄宿舎のある学校に転校させるか、学校に相談していた。
父親は毎月1回、仕事帰りに役場の福祉課を訪れた。娘2人の在宅支援サービスの日程を決めるためだった。11月30日も訪れたが、その時、12月1日のサービスをキャンセルした。週末明けの月曜日。3人の遺体は、車の中で折り重なって見つかった。
すでに数名の尊い命が犠牲になっています。
これ以上犠牲者を出してはいけない。障害者自立支援法を、自殺支援法、自滅支援法にしてはいけない。ぎりぎりの踏ん張りにも限界がある。力尽きないうちに、早急の見直しと撤廃を求めて声を束ねていかなければと思います。
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